[毎日新聞 2011年8月24日 地方版] より引用して記事紹介します。
成年後見人がんばっています。
老いの未来図:介護・医療の現場で
第2部/6 要介護夫婦後見人の司法書士 /千葉
◇もはや「息子」の仕事 少ない報酬に重い負担
「若いのに熱心な人だよ」−−地元のお年寄りたちにそううわさされるほど、
その男性の評判は悪くない。
ほぼ寝たきりと認知症のお年寄り夫婦の面倒を見続ける司法書士。
40代の彼にとっても、とても楽とはいいがたい仕事だ。
昨年1月、縁あって家裁の依頼でこの夫婦の後見人に就任した。
夫妻は、頼れる身内も財産もないまま、二人そろって、要介護状態に陥っていたのだ。
◆ ◇ ◇
県東部の田舎町の平屋建て。
夫(75)と妻(65)は、長年、その小さな家で連れ添い、
現役時代は夫の収入で生計を立てて来た。
ところが夫は年金保険料を支払っておらず、65歳になっても年金は受給できない。
十分な生活費が確保できず、妻が消費者金融から重ねた借金も約100万円に達し、
暮らし向きは次第に厳しくなっていた。
転機は5年前の妻の持病の悪化だった。
妻は障害年金を用い、老人保健施設に入居したが、夫は1人、家に残される。
寂しさも影響したのか、夫はまもなく体調を崩し、
さらに認知症も発症してしまう。
次第に徘徊(はいかい)など異常な行動も相次ぐようになった。
妻の兄弟がいるものの長年、縁遠くなっており、
手間のかかる夫婦の世話を引き受けるはずもなかった。
最初に対応を迫られたのは、見るに見かねた近所の人たちだった。
緊急時に救急車を呼ぶだけでなく、最後は預金通帳の管理までしていたという。
それでも夫の行動はおさまらない。
国道で寝転がっているところを発見され、騒ぎにもなった。
「万策尽きた」と判断した住民は自治体に相談し、
家裁への「首長による申し立て」を経て、男性司法書士が後見人に就任した。
◆ ◆ ◇
後見人としての最初の仕事は、借金の整理だった。
自宅を売却し、2カ月後には夫を県内の別の老人保健施設に入居させた。
後見人の仕事は財産管理だけではない。
身の回りの世話をする「身上監護」もある。
妻はほぼ寝たきりになってしまったが、夫は認知症の症状を抱えつつも、
元気に過ごしている。
「電話をかけたいから10円玉を20枚持ってきて」
「たばこを買ってきて」−−施設ではカバーしきれない要求に応えるため、
月に2〜3回は施設に通っているという。
もはや、司法書士ではなく「息子」の仕事だった。
取材に対し、男性は「細かい身上監護はけっこうな負担で、
その割に報酬は少ない」と胸の内を明かす。
報酬は本人の貯蓄額によって異なるが、
夫のように貯蓄ゼロの場合は、自治体から月1万8000円が支給される。
年間額で21万6000円だ。
「もっと他の後見人も受けたい」と考えてはいるが、
自分の個人事務所で、夫婦のような事例を抱えることは、
「1〜2件が限界」と考えざるを得ない。
高齢者の後見人は、司法書士業務のうち、うまみのある仕事とはとても言えない。
「高齢化が加速し、似たようなケースはさらに増える。
このままだと後見人も足りなくなり、誰も面倒をみないお年寄りが街にあふれてしまう」。
男性の懸念が続いている。=つづく
◇市区町村長申し立て急増
成年後見制度とは、判断能力が十分ではない人を保護するため、
本人に代わり、法律的な行為をしたり、その手助けをする人を選ぶ制度。
今回の事例のように、裁判所の審査に基づく「法定後見」と、
本人の判断能力があるうちに、
将来の後見人候補者と契約を締結しておく「任意後見」の2種類がある。
法定後見は、本人や配偶者、四親等以内の親族、さらには市町村長などの
申し立てによるもので、目的は「財産管理」と「身上監護」だ。
制度の整備が進んだ背景には、「介護保険制度」の導入がある。
介護保険は自分の好みの介護事業者などを契約により利用するため、
制度がうまく運用されるには、判断能力が不十分な認知症高齢者や
知的・精神障害者の契約をサポートする仕組みが必要になった。
介護保険と成年後見制度は「車の両輪」などとも言われている。
また、単身や認知症のお年寄りを狙った詐欺事件の増加や、
介護保険や行政の各種サービスの手続きの煩雑さも影響しているとみられるほか、
一般の市民の中に、第三者として、後見人の担い手になる
「市民後見人」の動きも広がっている。
最高裁判所事務総局によると、
昨年1年間の全国の成年後見の申し立て
(後見開始・補佐開始・補助開始など)件数は
前年比9・8%増の3万79件。
本人の子からの申し立てが約37%で最も多く、
その他親族が約15%。
今回の事例のような市区町村長の申し立ては約10%だが、
前年比25・8%増と伸びている。
以上